・・・次の日周藤は前の日と同じ格好で登校した。 そして先生から"1万円"をもらって、耳元で何かを告げて席についた。 先生は1時間目の授業をやらず、荷物をまとめて学校から逃げていった。 不思議がった僕たちは周藤を問いつめた。 周藤は笑いながら、 「あいつ(先生)は俺の親父の昔の愛人さ。 だから親父の居場所を教えてやったのさ。金は手間賃さ」 僕は頭にきて、周藤にケンカを売った。もちろん周藤は買った。 僕らはこれが幼稚園以上の戦いであるということを、共に感じていた。 最初に攻撃したのは僕だった。周藤の頭をつかみ、ごつんと殴った。 そして逃げる、逃げる、逃げるである。これが小学校のケンカである。 逃げ足と手を先に出した方がほとんど勝ちである。 周藤は短パンからサバイバルナイフを取り出した。 僕は見くびっていた。やつは中学生のケンカをしていたのである。 僕は立ちすくみ、ちびった。周藤は「ケッ」と捨て台詞をはいて帰っていた。 僕は屈辱だった。 そのとき先生が帰ってきた。 先生は周藤に一直線に向かっていき、そのまま催眠術で周藤の記憶を消した。 先生は"つわもの"だった。先生は 「あんたがいると邪魔なんだよ、悪く思わないでくれ」 と言い捨てると、周藤の父が運転するリヤカーに乗って去っていった。 ・・・その後、周藤は今に至る。